No.01 774〜835
空海くうかい
1200年スベり続けた芸人。
がらんどう度5段階の5
どのへんが、がらんどう?
名前が答え。「空」はnull、「海」は全部。真言宗では、この体のままで悟れると説く(即身成仏)。TOMはこれを “がらんどうこそ完成形” と読む。
ほんとうにあったこと
- 数え24歳(797年)で『聾瞽指帰』を書いた(のちに『三教指帰』)。儒教・道教・仏教を、5人の登場人物の話し合いで比べる戯曲のような本出典:日本語版ウィキペディア「三教指帰」
- 登場人物は蛭牙公子・兎角公・亀毛先生・虚亡隠士・仮名乞児の5人。兎角(うさぎのつの)は辞書で「実在しないもののたとえ」、亀毛(かめのけ)は古い文でそれと対で使われる出典:コトバンク「兎角」/日本語版ウィキペディア「三教指帰」
- 唐にわたって密教を学び(804〜806年)、帰ってから高野山をひらいた(816年に勅許)。字がうまく「三筆」の一人出典:日本語版ウィキペディア「空海」
- 室戸の洞窟(御厨人窟)で修行したとき、見えるのは空と海だけだったので「空海」と名のった言い伝え出典:日本語版ウィキペディア「空海」
- 高野山の奥之院で、いまも瞑想を続けているとされる(入定の信仰)言い伝え出典:日本語版ウィキペディア「空海」
- 著作『即身成仏義』は、密教の実践で、この世で肉身のままで悟りが開かれると説く(著者を別人とする説もある)出典:コトバンク「即身成仏義」
TOMの言葉(原文のまま)
「聖人君子ではない。この世のゲームを、もうクリアしちゃった人。がらんどうと、お寺の伽藍は同じ意味。誰もいないんです」
TOMの言葉 2026-10-23ぶぶぶの解説
空は空っぽ、海は全部でござます。名前で、もう全部言っておるざます。うさぎのつのは、わたくしも見たことがないざます。
Xに置く:空海(新しいタブで開く)
No.02 1758〜1831
良寛りょうかん
手毬で遊ぶだけ。何も残さない。
がらんどう度5段階の5
どのへんが、がらんどう?
お坊さんなのに、お寺の住職にならない。山の小さな庵に住んで、托鉢(=家々をまわって食べ物をいただく)で暮らした。肩書きも、持ち物も、ほとんど無い。
ほんとうにあったこと
- 越後(いまの新潟県)の禅のお坊さん。お寺の住職にならず、国上山の五合庵などに住んだ出典:日本語版ウィキペディア「良寛」
- 子どもたちと手毬をついて遊んだ。歌「この里に手まりつきつつ子どもらと遊ぶ春日は暮れずともよし」出典:日本語版ウィキペディア「良寛」
- 文政11年(1828)の三条地震のあと、知人の山田杜皐への見舞いの手紙に「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候、死ぬる時節には死ぬがよく候、是はこれ災難をのがるる妙法にて候」と書いた出典:『定本良寛全集』第3巻(日本語版ウィキペディア「良寛」が引く)
- かくれんぼで、子どもたちが帰ったあとも、朝まで隠れていた言い伝え出典:日本語版ウィキペディア「良寛」
TOMの言葉(原文のまま)
「本当に軽い、水。偉くなることもできたのに、しなかった」
TOMの言葉 2026-10-23ぶぶぶの解説
かくれんぼで、みんな帰っても朝まで隠れておったそうでござます。わたくしも、おやつの音がするまで出ないざます。
Xに置く:良寛(新しいタブで開く)
No.03 1896〜1933
宮沢賢治みやざわけんじ
フィルターのない人
がらんどう度5段階の5
どのへんが、がらんどう?
理屈で説明しないで、音で世界を鳴らした。「どっどど どどうど」で風が吹き、「どってこどってこ」できのこが楽隊をやる。意味を詰めこまない=がらんどうだから、音がよく響く。
ほんとうにあったこと
- 岩手県花巻の人。稗貫農学校(翌年から花巻農学校)の先生をして、1926年に農民のための羅須地人協会をつくった出典:日本語版ウィキペディア「宮沢賢治」
- 生きているあいだに出た本は、詩集『春と修羅』(1924年4月)と童話集『注文の多い料理店』(1924年12月)の2冊出典:日本語版ウィキペディア「宮沢賢治」
- 「雨ニモマケズ」は、亡くなった翌年(1934年)に手帳から見つかった出典:日本語版ウィキペディア「雨ニモマケズ」
- 「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」(『農民芸術概論綱要』)出典:青空文庫『農民芸術概論綱要』
- 童話「やまなし」の結びは「私の幻燈はこれでおしまひであります。」出典:青空文庫「やまなし」
TOMの言葉(原文のまま)
「フィルターがかなりぶっ壊れていた人。自然も、動物も、風の声も、銀河の声も、岩手の自然も、全部一列だった」
TOMの言葉 2026-10-23ぶぶぶの解説
ぶぶぶ。(訳:わたくしの名前も、音でできておるでござます。賢治さんとは、同じ音の一族ざます。)
Xに置く:宮沢賢治(新しいタブで開く)
No.04 紀元前5〜4世紀
ディオゲネスでぃおげねす
DOG=GOD。
がらんどう度5段階の5
どのへんが、がらんどう?
家も、持ち物も、ほとんど持たなかった。住まいは大きな素焼きのかめひとつ。自分のことを「犬」と呼んで、えらい人の前でも犬のままでいた。
ほんとうにあったこと
- 紀元前5〜4世紀の古代ギリシアの人。犬儒派(キュニコス派)の代表とされる出典:日本語版ウィキペディア「シノペのディオゲネス」
- 自分を「犬」と呼んだ。犬儒派の名前も「犬」から来ているとされる出典:日本語版ウィキペディア「シノペのディオゲネス」「キュニコス派」
- 住まいは大きな素焼きのかめ(ピトス)。のちに「樽」と言われるようになった出典:日本語版ウィキペディア「シノペのディオゲネス」
TOMの言葉(原文のまま)
「犬儒派。DOG=GOD。」
TOMの言葉 2026-10-23ぶぶぶの解説
犬を名のった先輩でござます。かめの中は、わたくしの寝床と同じくらい落ちつくざます。
Xに置く:ディオゲネス(新しいタブで開く)
ほかの言葉はTOM語辞典に、取締役が現代人を論破する話は取締役問答に。